私が、春日由里に逢ったのは、今から丁度一年前の11月5日の事だった。 さようなら 作者:玲(りょう) 2007/04/29最終更新 木々の葉が色づき、生命に静寂が忍び寄っている11月5日。私はいつもの様に、2階にある第一音楽室にいた。第一音楽室は、誰にも使われない。なぜなら、第一音楽室は老朽化が進んでいるからだ。そのため、音楽関係の練習や授業は全て第二音楽室で行われている。 私が、いつも第一音楽室にいるのには、理由があった。…チェロを弾く、というのは瞑目で、あの人に逢うためだった。 【一年前】 私は、何もする事が無く、ただ一人で歩いていた。その時、私が生きる意味って何だろう?私の存在理由って何?と考えていた。その頃は、学校には馴染めず、友達は一人もいなかった。学校自体が退屈で、窮屈だった。そのストレスをどこかに発散させなければ、どうにかなってしまいそうになっていた。 何故だろう足が止まった、すると、音楽室が目の前にあった。中から美しいチェロの音が流れていた。 〜〜♪〜〜〜〜♪ どこかで聴いた事がある曲だったのだが、思い出すことは出来なかった。ただ、モーツァルトの楽曲に少し似ている曲があったような気がした。 暫く、私はこの曲を聞き入っていた。すると、1番いい所で突然音が止まった。私は、ちょっとだけ不快な気分になった。というのも、私はチェロが大好きで、小さい頃からずっと弾いていた。チェロを弾いている時だけ、自分じゃないもう一人の自分になれるような、錯覚すらあった。勿論、聴くのも大好きである。 チェロの演奏が終わったので、私は帰ろうと思った。すると、 ガラガラガラガラ ドアが開いた。ドアはみしみしと音をたて、今にも壊れそうだった。ドアの向こうには、ポニーテールの女の子が一人、立っていた。私よりも一つ年上なのだろうか?その可愛らしい髪型に比べ、中身は落ち着いている気がする。 「あのぉ〜、ここ使いますか?」 彼女は言った。 「いいえ…。あの…、失礼します…。」 面と向って言葉を交わしたことは久しぶりだったので、少し恥ずかしかった。 「ちょっと…待ってください…。」 彼女は少しだけ遠くを見つめるように言った。その表情はどこか悲しげだった…。でも、その表情は、ものの3秒もしないうちに消えた。 「…チェロ…聴いてましたよね…。」 どうやら私がここに立っていたことを知っていたようだ。 「はい…。とても…あの…きれいなメロディで…。」 私は、俯いたまま言った。すると、私の肩を軽く叩き、言った。 「中に入りませんか?」 彼女は少し上機嫌だった。私が誉めたからだろう。 「は…、はい。」 私は、声が聞こえるかどうかのギリギリで言った。 「どうぞ。」 彼女は微笑みながら言った。 中に入ると、私が持っているチェロより少しだけ大きなのが置いてあった。古いのだろうか?傷みが多く見られる。 「このチェロ…って、音楽室のですか?」 「ええ。」 彼女はそう言って、チェロを弾いた。外で聴いていた時より、きれいに聞こえた。 ♪〜〜♪〜〜〜 ♪〜〜〜♪〜〜〜 1分位だろうか?それ位で演奏は終わった。彼女の心地よい演奏が耳の奥でまだ聴こえていた。 「素敵な…演奏ですね。…私もチェロをやってるんですよ…。」 「そうなんですか…。じゃあ、このチェロ弾いてみますか?」 「えっ!?いいんですか??」 私が尋ねると、笑顔で頷いた。 私が好きな曲、それは白鳥の湖だ。この曲は小さい頃からずっと弾いてきた。難しい場面もあるのだが、それは猛練習をして出来るようになった。そのおかげで、楽譜を見ないでも完璧に弾けるようになった。 ♪〜〜〜♪〜〜〜〜〜 私の演奏が終わると、彼女は手を叩いた。 「上手ですね。とても繊細だけど、深みのあるメロディでしたよ。感動しちゃいました。もう一度聴かせてくれませんか?」 嬉しかった。心の底から嬉しかった。私は、私自身の存在理由を始めて見つけた気がした。そしたら何故か、涙が溢れてきた。 「え?な、何??私なんか酷いこと言った?」 「ち、ちがい…ます。わ…私なんて…必要のない人間だと…思ってたのに…、でも…チェロで…ゆ、勇気が持てました。」 「そう。」 彼女は、私の方に駆け寄ると、泣き止むまでずっと傍にいてくれた。 「ありがとうございます…。」 「そんなぁ…私何にもしてないですよ。……あ〜そういえば、名前聞くの忘れてましたね。」 「え〜と…古河楓…です。一年生…です。」 「じゃあ、私の一つ↓になるわけだね。私は春日由里…。よろしくね。」 「は、はい…よろしくお願いします。」 「明日も来てくれるかな?放課後に…待ってるから…ネ。」 「は、はい!!」 私は、満面の笑みで答えた。 「じゃあ、今日は帰ろうか?」 「はい。」 私が用意を済ませた頃には、既に由里は外にいて待っていた。私が外に出ると、彼女はドアを閉めた。 「また明日、じゃあね。」 「じゃあ、さようなら。」 その日から、私は毎日第一音楽室に行くようになった。 ガラガラガラガラガラガラ 「先輩!来ましたよ!!遅くなってすいません。」 いつもは、私の方が早くここに着いているのだが、今日は係りの仕事で、いつも由里がやってくる時間より遅くなってしまった。 「………………」 由里は何も言わないで私のいる向きとは逆向きに座っていた。普段なら、遅いぞ〜とか、ずっと待ってたぞ〜とか言って、私にケーキ奢れとか言うはずなのに… 「どうしたんですか?先輩」 私は不安になって、言った。由里は、それでも何も言わなかった。 私は、由里の座っている方へ歩いた。由里は俯いていた。顔は見えなかった…。だが、床が湿っていた。由里の顔の下のだけが… これは由里が泣いているからだとすぐに分かった。しかも悪ふざけなんかではない、きっと、すごく悲しい事があったんだ。そう私は思った。だから、あえて私はいつもの様に振舞った。 「先輩、チェロ弾いていいですか?」 由里は、微かに頭を動かした。私は、ほんの少しだけ嬉しかった。 ♪〜〜♪〜〜〜 ♪〜〜〜♪〜〜〜 私は白鳥の湖を弾いた。最後の方になると、由里の口から僅かな矯正が聞こえた。それは、この曲が終わりに近づくと段々強くなっていった。 そして、最後を迎えた時、彼女は大声をあげて泣き始めた。ごめんねを繰り返しながら…。 私は、丁度一年前、由里にやってもらったことを今度はやってあげた。 一時間、いやニ時間かもしれない。由里は泣いた、そしてようやく泣き止んだ。 「わ、私ね…実は、病気…だったの…、明日…手術しなければいけないの…。成功確率は、万に一つだって…。だから…お別れだね…。最期に、楓の演奏聴けたのが嬉しかった…。」 突然の告白だった。…はっきりいってそのような兆しなど、全くもって見られなかった。いつも明るくて、優しい先輩だった…、私だけの先輩。 「先輩…。」 私は気づいたら泣いていた。ずっと…ずっと… しばらくし私は、無理やり立って、覚束ない足取りで家へと帰った。夕食は、大好きなハンバーグだったが、食欲など微塵もなかった。 「先輩…。」 私は、家の中で、静かに何度も何度も言った。もう涙は枯れ果てていた。 「先輩…。……先輩…。」 ぎらつく太陽。冬と春を通り越して、また夏が訪れたかのように暑い。これも異常気象のせいだろうか? 現在、午前6時27分。目には大きな大きなクマが出来ていた。 学校など、とてもじゃないが行く気にはなれない。だが、さぼるわけにも行かなかったので、用意をすることにした。 「今日は…。」 用意を入れるために鞄を開けた。すると、由里からの手紙が入っていた。そこにはこう書いてあった。 楓へ 御手紙を読んでいるときには、私は病院のベッドの上にいるでしょう。 私の病気は、先天性のものでまだ明らかにはなってなくて、治療法もまだ見つかってないの…。 兆候はほぼないから、多分気付かなかったと思うんだけど、実は痛み止めを毎日飲んでたのよ。 そうしないと苦しかったの。 本当は、病院にいなきゃいけなかった。 でも、楓が好きだったから、私…学校に行ってたの。 こんなの…おかしいかな?軽蔑したかな? 最期になるけど、私の好きはLikeじゃないよ。 あなたの”先輩”より |
【その後】
私の永遠の”先輩”へ あれから10年。 未だに由里のことが忘れられないのは事実だし、あの時は先輩の気持ちと同じだったのも事実だし… 今、私は久しぶりに母校を訪れています。 勿論、一番最初に第一音楽室に行きました。 中は、改装工事がされたのか、新しくなっていました。 時の流れを感じます。 あっ先輩、嬉しい報告があります。 去年、私、結婚したんです。 赤ちゃんも出来ました。女の子です。 名前は、由里っていうんですよ。 とっても可愛いんです。今、幸せです。 だから、先輩、心配しないでください。 来世で又、逢いましょう。 永遠の”後輩”より |